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[ 過去の出演者一覧 ]  

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★本年度のフライヤー★


今年は25回目の記念の年になりますので、キャノンボール以外は全てアメリカより招聘したアーティストのみにて各バンド共に十分な時間を取り本場の素晴らしい演奏とステージを存分にお楽しみ頂きます。

出演者はいずれ劣らぬ正統派カントリースタイルの継投者達で、多くのカントリー・ゴールド・ファンが来演を待ちわびていたアーティストが出揃いました。

今年も、快晴になるであろう南阿蘇アスペクタで、皆様方のお越しをお待ちしています!
【 本年度の開催概要 】
10月20日(日曜日)/開場:AM9:00〜開演:12:00
OCTOBER 20, 2013
Gate Open 9:00 am / Start Noon / Closing 18:30
熊本県野外劇場 『アスペクタ』
"ASPECTA" Minami Aso,Kumamoto JAPAN
前売り券:\7000  8月初旬全国発売開始予定
当 日 券 :\8000
学生割引:\3000(当日のみ)※入場時に学生証の提示が必要です
※小学生以下:無料

◆全国のチケットピア、ローソン・チケット、有名プレイガイドにて発売予定 !!

当サイトでのNET注文も可。(発売開始日にTOPページにてご案内致します)
【 出演予定アーティストのご紹介 】

【ロビン・ヤング】

1961年にウィリー・ネルソン作の"Hello Walls"で世界的なヒットを飛ばし日本でも根強いファンを持つ故・ファロン・ヤングを父に持ち、オープリー最初のスターを言われるアンクル・デイブ・メイコンの孫にあたるという、アメリカ・カントリー界では珍しい生粋のサラブレットである。
当然、生まれも育ちもカントリーのメッカと言われるテネシー州ナッシュビルで1975年からプロとしての活動を始める。
父の経営するクラブ "FARON YOUNG’S JAILHOUSE"や大御所ジョージ・ジョーンズのクラブは勿論、他のナッシュビルの多くのクラブでも既にヘッド・ライナー的存在であった。1980年代中頃からは父ファロンのショーのオープニング・アクト役として全米各地やカナダまで一緒にツアーを回る。
その後はグランド・オール・オープリーのTVヴァージョンを始めとするTVショーやラジオ番組にメジャー、ローカルを問わず数多く出演し、徐々に全米に名前を知られるようになる。
また、 WILLIE NELSON , GEORGE JONES, CONWAY TWITTY, JIM ED BROWN, BILL ANDERSON, JOHNNY PAYCHECK, TAMMY WYNETTE, CONNIE SMITH, MARTY ROBBINS, ROY CLARK , THE BELLAMY BROTHERS 等数多くのカントリー界の大御所らとのツアーにも参加し "GILLEY’S"や "The WHEELING JAMBOREE" 等の超有名ライブ・ハウスにも出演を果たす。優れたカントリー・シンガーであると共に作曲の才能にも恵まれ、これまでに100曲以上のオリジナル曲を作っている。それらを集大成した自身のアルバム "WRITTEN REFLECTION". を2001年にリリース。最近では偉大な父の名曲の数々をリスペクトしたトリビュート・アルバム『LIKE FATHER, LIKE SON 』を発表し話題になっている。
父親ファロンは“The SINGING SHERIFF “と言われていたが、驚くことにロビンもテネシー州ディビッドソン郡保安官代理という正式な肩書きを25年前から保有しているという。
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【アニタ・コクラン

1967年ミシガン州サウス・リヨン生まれ。

両親・兄弟ともミュージシャンの音楽一家に生まれ、既に4歳でギターを弾き始め、翌年からはファミリーバンドでカントリー・ゴスペル・ブルーグラス等を演奏していた。その後は、バンジョー・マンドリン・ピアノ・ドラム・ベースなどあらゆる楽器を勉強し、最後にはペダルスティール・ギターまで弾きこなせる域に達している。また、歌だけではなく作曲やプロデュース業にも興味を示し、将来は音楽関係の仕事で生きていくことをこの当時から決めていたという、努力と才能溢れる女性アーティストである。
その後、ミシガンのローカル・スタジオのマネジャーの職を得た後に、ナッシュビルのワーナーブラザーズ・レコードの社長にその努力と才能を見込まれて、1997年初のレコーディングをナッシュビルで行う。
このアルバム『Back To You』では作曲や歌は勿論、各パートの楽器演奏からプロデュースまで行い、カントリー界では初の女性のセルフ・プロデュース・アルバムとなる。
このアルバムから3枚目のシングルでカントリーゴールドにも来日した"Steve Wariner"とのデュエット曲 "What If I Said"が1998年前半に初のカントリーチャートNo.1を獲得するという快挙を達成する。これはアニタだけではなくワーナーにとっても1989年以来久々のNo.1であった。その後、1999年にセルフ・タイトル『Anita』と2010年に『Serenity』の二枚のアルバムをリリース。
2004年にはカントリー界の大御所 "Conway Twitty" とのデュエットで "(I Wanna Hear) A Cheatin' Song" をシングル発売する。
2007年には第4回カントリー・サンシャインに来日した"Tammy Graham" のアルバム『Where I Am』もプロデュースしている。
アニタ自身も第5回のカントリー・サンシャインで素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。

ちなみに"Anita"の名前は両親が敬愛するカーター・ファミリーの"Anita Carter " から取ったものだという・・・・。
Anita Back to You What If I Said / Daddy Can You See Me
Anita Back to You What If I Said
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【ダリル・シングレタリィー】
1971年、ジョージア州ケイローで郵便局員の父と美容師の母も元に生まれる。

幼少の頃から従兄弟や兄弟達とゴスペル・バンドで歌い出し、1990年代始めにレコード関係の仕事を求めてナッシュビルに向かう。

そこで、シンガーを目指して様々な場所で歌っているうちにランディー・トラビスと知り合い、彼の紹介でジャイアント・レコードから1995年にセルフ・タイトル・アルバム『Darryl Sigletary』を発表。この中からのシングル "I Let Her Lie"がシングル・チャートの2位を獲得、続く"Too Much Fun"が4位と幸先ののいいスタートを切る。翌年のセンカンド・アルバム『All Because of You,』からはセカンド・シングル"Amen Kind of Love"も最高2位まで上がり、その後も2007年までは殆どのシングルがベスト50位以内に入っている。

2000年からジャイアントを離れ数社からアルバムを出すがあまりパッとせず、2009年に新鋭のレーベルM1 Musicからリリースされた最も新しいアルバム『Rockin' in the Country』を発売し、このアルバムはiTunesで発売1週間で1000ダウンロードを記録するヒットとなった。
そして、現在では正統派カントリーの中心的存在として、またネオ・カントリーの旗手としての人気も高まり、米ボルボード誌からは「おそらく、彼の世代では最高のカントリー・シンガーであろう・・・!」と絶賛されている。

   ▼こちらで "Love You With The Lights On"、"Rockin' In The Country"他数曲が試聴できます。
 【WRANGLER MUSIC】Daryle Singletary
Straight From the Heart Rockin in the Country All Because of You
Straight From the Heart Rockin in the Country All Because of You
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【アーロン・ティッピン】


1958年フロリダ州生まれ。独特の南部訛りと大らかなバリトン・ヴォイスが特徴でGIカットの髪型と併せて特にアメリカの労働者階級や軍関係・兵士達に人気が高い愛国心溢れるシンガーである。

最初はナッシュビルの有名な音楽出版社"Acuff-Rose Music"にソング・ライターとして働くが、1990年RCAレコードから"You've Got to Stand for Something"をリリース。これは湾岸戦争当時の兵士や労働者階級への賛歌として歌われネオトラディショナル・カントリーの先駆けとなった。
その後、1900年代に5枚のアルバムを残し数多くの曲をトップ10シングル・チャートに送り込んでいる。

2001年の9.11同時多発テロに衝撃を受けて作った "Where the Stars and Stripes and the Eagle Fly"はカントリーチャートで2位を付けただけに留まらずビルボードのシングル・チャートでもベスト20位までに入る快挙となった。

その後、二枚のコンピレーション・アルバムを含む11枚のアルバムをリリース。その中には5枚のゴールド・ディスクと1枚のプラチナ・ディスクも含まれている。
Stars & Stripes Read Between the Lines/Call of the Wild People Like Us Super Hits
Stars & Stripes Read Between the Lines People Like Us Super Hits
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【チャーリー永谷&キャノンボール】
今年で音楽活動56周年を迎えた国内カントリー・ミュージック界の第一人者。
当イベントのホストバンドであり、自らの自伝出版やナッシュビル録音のリーダー・アルバム『My Name is Good Time Charlie』が好評で、国内外に多くのファンを持つ。
1956年から、国内はもとより沖縄や東南アジア各国の米軍基地での演奏を通して多くの米軍人や家族と交流。
これらの活動に加えて、ライフワークである"カントリーゴールド"も現在まで継続して開催中。
これらの50年以上の長きに渡る民間レベルの日米交流と音楽を通じた世界平和の提唱に尽力した功績により「熊本県民栄誉賞」「マンスフィールド賞」などの受賞や米大統領によりホワイト・ハウスにも招かれる。
その長い活動歴と温厚で気さくな人柄は国内外に幅広い熱狂的ファンを持ち、特にアメリカでは歴代大統領をはじめとして、在日経験のある大使及び領事館関係者から退役軍人やアメリカのカントリー、ブルーグラス界のトップ・アーティスト達の多くが最もリスペクトする偉大な存在として知られる。
中でも2003年に出演したBrad Paisley の"Welcome to the future" PVに出演し「Good Time Charlie」や「Cannonballs」と共に全米での知名度が格段にUPしたことは記憶に新しい。

【主な活動履歴】
1956年:カントリーミュージシャンとしての活動を開始。
1961年:帰熊して自らのバンド『キャノンボール』を結成。
1976年:20周年記念リサイタルの後、初のキャノンボール・アメリカ演奏旅行。
     その後、熊本市内に自身のライブハウス『グッタイム・チャーリー』をオープン。

1989年:日本初の野外カントリーミュージック・フェスティバル『カントリー・ゴールド』をプロデュース。
1994年:第一回『カントリー・サンシャイン』をプロデュース。
1998年:在日アメリカ領事館より「マンスフィールド賞」を受賞。
1999年:ホワイトハウスでの【STATE DINNER】にクリントン大統領より招待される。



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